この物語は、日本骨髄バンクが設立するまでの様々な人の心のふれあいを描いたヒューマンドラマです。
1986年、大谷貴子さんは、大学院在学中に慢性骨髄性白血病と診断され、必死の骨髄提供者捜しの末、奇跡的に母親と適合し、いのちを得ます。しかし、互いに励まし合い、病室で姉妹のように過ごした1人の少女は、提供者が見つからず、15才で亡くなくなりました。「誰もが移植を受けられる世の中にならないか」という思いから日本初の骨髄バンクを作るプロジェクトを発足させたのです。
骨髄バンクの歴史を振り返ると、非血縁者(全くの赤の他人)が、骨髄を提供するために、自身の身を削って、苦しい思いをしてまで、白血病の人の命を救っている、または、救おうとしているという素晴らしい現実があります。
骨髄移植はドナーから採取された骨髄液が病室に運ばれ、点滴と同じ方法で患者の体に入れられます。その液が患者の体内に入ってきた瞬間、「あったかい…本当にあたたかい」(著者の大谷さん談)と感じるそうです。それは患者が、“人の心のあたたかさ”を感じた瞬間に、“自分が生きたい”というたった一つの夢を見られるからでしょう。
このドラマは、骨髄バンク設立の事実を基に、人の“あたたかさ”、を伝えるドラマです。